あの時は(ルームサービス③)

エッセイ

何も突然の衝動というわけではなく、バイトを開始したあと、何度もこの葛藤に悩まされつつ強い意思で乗り越えてきた。

時代がそうさせていたのだろう。

結果的にどのお客様も勢いが強く、ご提供をさせていただいたあとも若干いやな気持になることが多かった。

そのフラストレーションもあったのだと思う。

頭の中が突然真っ白になり、無音の状態そして聞こえるはずのない蝉の声が鳴り響いた。同時に誰かはわからないが委員長らしき人の”採決をとります!”という大きなテノールの声が聞こえた。

結果、満場一致かと思うほど圧倒的多数で”食べる”の投票がなされた。いや2,3票”食べない”もあったか。思えばこれに従うべきだったがもはや止めることのできる状態ではない。

大急ぎでつやつやのソーセージをつまようじで刺し、口元へ持っていく。

”カリッ”

マンガと思うほど見事な効果音でソーセージは放たれた。こんなおいしいものがこの世にあったかと、これも聞こえるはずのないベートーベン第九につつまれ、一気に食べる。

大げさではなく、こんなにソーセージをうまいと思ったことは後にも先にもない。肉汁の喜び、油の幸せ。

幸せとは・・、喜びとは・・、陶酔しながら油でつやつやしている口元が緩む。その直後、正気に戻った。すると・・。

“あれえー”、また僕の頭が混乱し始めた。

ソーセージを一気に食べた訳で、当然汚い話で申し訳ないが、唇は、

”油まみれですが、なにか?”

という状態なのに、その日に限ってハンカチを持っていない。100人が100人とも、”you、食べたね!”という状態にも関わらず。

この後もお皿を調節し、ラップを戻し、何食わぬ顔をして、運ばなければならないのに・・。

”ひひひ!”先ほどの悪魔が笑っている。

どうすればいい?どうしょうもないじゃないか?

以下次号