”あの時は(軽トラ、珍道中③)”

エッセイ

とにかく、腹も減っているし寒いので、用意していただいた軽トラに乗り、暗い中ミスターの指示で運転開始。

”あー快適。”

エンジンもしっかり動き、壊れることなく走る車。免許をとって、自分の車を初めて運転している気持ちになるくらいうれしい。

”いいやん、いいやんか!ドライブっちゅう感じやなあ。”

あたりまえだ、ドライブをしているのだから。まあ、彼のはしゃぎと僕の喜びに温度差はなかったので、

”なんか、えらくなった気分がするで。ええわあ。”

正直に返答。

”借り物の車で、江口は安あがありやなあ”

あぁ、いちいち水をさす。そんなことはわかっているが、言うんじゃない。

まあ、運転している事実に高揚しているので気にせず進む。

ラジオでFMをかけ、ますますテンションがあがり、ぎゃあぎゃあ歌っていた。

10分ほど走った頃に、

”なんか、さむない?” ”ほんまなあ、さみい”

自然と出てきた言葉。1月の終りの鳥取、雨からみぞれ、服もうっすら濡れている。僕に至っては、安全靴をはきかえ忘れ、そのままなので足も寒い。

”運転に集中しょおるから、ヒーターつけてくれんか?”寒いのでミスターにお願いをする。

”どこなん?スイッチわからへんから、教えて。”

知るかああぁ。僕も初めての車なのでわかるわけがない。しかも運転中。

”ミスターが助手席なんじゃけぇ、探せや”

”暗くて見えへん、電気着けて。”

だ・か・ら、電気のスイッチもわからないのだ。

”全部わからん。おめぇが探してくれ。”

めんどくさそうにあちこちをいじっていたが、

”これちゃうか?引っ張るもんあるで。引っ張り式なんやろ”

信号待ちでうっすら車内が見えたが、送風口はどこにもない。

”どっから、風出るん?”

”わからんけど、椅子とか暖かくなるんちゃうん?”

1980年代、シートヒーターなどというオシャレなものは超高級国産車と、高級外車くらいのはずだが、そこは僕も知識がなく、ミスターに任せることにした。

これが大きな間違いだったことに後で気付くが。

”棒、引っ張るでぇ!”

おおう。ミスターが引いた瞬間に2人から声が出た。

現象はわからないが、ミスターが見つけた棒を引っ張ると先端がオレンジ色に点灯した。

”やっぱ、これやん。ヒーターは、オレンジやからな!あったかい感じするやん。いや、ほんまにあったかいでぇ!”

”うん、そんな気もする”

馬鹿2人である。そんなはずは絶対にない。百歩譲ってその棒がヒーターだとしても暖かくなるまで少し時間がかかるはず。

単なる”マッチ売りのお兄さん”的な、オレンジイコール暖かいという思い込みだった。

不思議なことに軽トラもよく走りだした。

“いいやん、走りもいいやん。車はええなあ!”

”自転車だったら寒すぎるわなあ、朝もこれで楽勝じゃな!”

ミスターの指示する間違った道路を、勘違い大馬鹿野郎が走っている。どんどん鳥取市内から離れているにもかかわらず。

30分後に起こる珍事に気付かずに、のんきに歌い、おいしいトーストとコーヒーに思いを巡らせるお馬鹿さん二人のドライブは続く。

 

以下次号