とにかく、腹も減っているし寒いので、用意していただいた軽トラに乗り、暗い中ミスターの指示で運転開始。
”あー快適。”
エンジンもしっかり動き、壊れることなく走る車。免許をとって、自分の車を初めて運転している気持ちになるくらいうれしい。
”いいやん、いいやんか!ドライブっちゅう感じやなあ。”
あたりまえだ、ドライブをしているのだから。まあ、彼のはしゃぎと僕の喜びに温度差はなかったので、
”なんか、えらくなった気分がするで。ええわあ。”
正直に返答。
”借り物の車で、江口は安あがありやなあ”
あぁ、いちいち水をさす。そんなことはわかっているが、言うんじゃない。
まあ、運転している事実に高揚しているので気にせず進む。
ラジオでFMをかけ、ますますテンションがあがり、ぎゃあぎゃあ歌っていた。
10分ほど走った頃に、
”なんか、さむない?” ”ほんまなあ、さみい”
自然と出てきた言葉。1月の終りの鳥取、雨からみぞれ、服もうっすら濡れている。僕に至っては、安全靴をはきかえ忘れ、そのままなので足も寒い。
”運転に集中しょおるから、ヒーターつけてくれんか?”寒いのでミスターにお願いをする。
”どこなん?スイッチわからへんから、教えて。”
知るかああぁ。僕も初めての車なのでわかるわけがない。しかも運転中。
”ミスターが助手席なんじゃけぇ、探せや”
”暗くて見えへん、電気着けて。”
だ・か・ら、電気のスイッチもわからないのだ。
”全部わからん。おめぇが探してくれ。”
めんどくさそうにあちこちをいじっていたが、
”これちゃうか?引っ張るもんあるで。引っ張り式なんやろ”
信号待ちでうっすら車内が見えたが、送風口はどこにもない。
”どっから、風出るん?”
”わからんけど、椅子とか暖かくなるんちゃうん?”
1980年代、シートヒーターなどというオシャレなものは超高級国産車と、高級外車くらいのはずだが、そこは僕も知識がなく、ミスターに任せることにした。
これが大きな間違いだったことに後で気付くが。
”棒、引っ張るでぇ!”
おおう。ミスターが引いた瞬間に2人から声が出た。
現象はわからないが、ミスターが見つけた棒を引っ張ると先端がオレンジ色に点灯した。
”やっぱ、これやん。ヒーターは、オレンジやからな!あったかい感じするやん。いや、ほんまにあったかいでぇ!”
”うん、そんな気もする”
馬鹿2人である。そんなはずは絶対にない。百歩譲ってその棒がヒーターだとしても暖かくなるまで少し時間がかかるはず。
単なる”マッチ売りのお兄さん”的な、オレンジイコール暖かいという思い込みだった。
不思議なことに軽トラもよく走りだした。
“いいやん、走りもいいやん。車はええなあ!”
”自転車だったら寒すぎるわなあ、朝もこれで楽勝じゃな!”
ミスターの指示する間違った道路を、勘違い大馬鹿野郎が走っている。どんどん鳥取市内から離れているにもかかわらず。
30分後に起こる珍事に気付かずに、のんきに歌い、おいしいトーストとコーヒーに思いを巡らせるお馬鹿さん二人のドライブは続く。
以下次号