お盆、九州、ああ無情。8月13日。その4。

エッセイ

ミスターの姿は10分経っても見えない。

もう彼の行動パターンは頭に入っているので、このくらいの時間は想定内。

ゆっくりとしているとさすがに僕も眠くなり、車の中でうとうとしていた。

ゴンゴンと窓をたたく音で目を覚まし、リュックを持ち満面の笑みのミスター

を確認。助手席に乗ってもらった。

”江口、寝とったらあかんやろ!これから長距離やで”

時間を見ると5時!!

”おめぇ、何をしとったん?”

”寝れんでなぁ、4時前に眠くなったんや。急いで用意したんやで、

準備に荷造りやなんかも大急ぎや!すごいやろ?”

うーん。まぁいいか。これがミスター。

朝から、がちゃがちゃしたら面白くもないので、

”おお、そうか。じゃあ、行くか。”

僕の微妙な空気を察したのかもしれないが、ここでミスターマジック。

”でも、こういう所も江口すごいなぁ、時間ぴったりやん。

この後も頼もしいわぁ。”

そう言いながら、次々と飲み物やお菓子、マップル、テープを

がさがさと車内に置いていく。準備は万端のようだ。

”江口君、お待たせしてごめんなさいね。本当、気を付けて行ってらっしゃい”

とミスターのお母さんに見送られ、いざ出発。

 

岡山からおよそ500㎞弱。お金がないので高速の使用はできない。

そしてお盆。当然渋滞もあるだろう。

気合をいれねばと思っていたが、横で、

”早う行こうや、眠いわ。”とミスター。

”本気で寝てしまいそうや。寝てたら、すぐに起こしてや。”

 

・・・・・・・・。

 

悟りを早く開かねばと僕自身も精神統一に入る。

通常の感覚ならば、長距離。交代運転で行くのだろうと思うが、

ミスターには通じない。今では考えられない引き締まった腹をくくった。

予想通りミスターはぐっすり。

2号線に乗りさえすれば、案内はなしでもよいので僕も自分のペースで走る。

5時半に出て、渋滞に挟まれながら3時間半ほど走り、広島県に突入。

ようやく福山も超えた。

 

ぐっすり寝るミスターをほったらかして、サングラスをかけて一人の世界に

浸っていた。アメリカの映画のシーンのような満足感。これもよいか。

だが、幸せはすぐに崩れ去る。

 

いきなり起きたミスターが、

 

”トイレやっ!”

 

何だと、俺の幸せの邪魔をしおって、いきなりトイレ?

 

”あかん、江口、あかんよ。早う見つけてんか?それで今どこなん?”

僕は無言で、トイレをサーチ。あえて返事せず。

というか言葉を挟み込む暇もないほどに、しゃべる、しゃべる、しゃべる。

 

”まだ広島なん?まだまだやんか。ああ、それよりトイレや。

どっかないん。喉も乾くし、エアコンの効きも悪いわぁ、暑いやん。トイレや!

どれから、解決するんや?江口、何とかしてくれへんか?”

 

そこでようやく

”おう、ミスター起きたんか?夏のドライブはいいもんよ。”

”何を悠長なこと言うてんねん。さっきから言うてるやろトイレやて。”

まあ、ゆっくり。ゆっくり。

だって車が進まない。

少し先に喫茶店があるので腹も減ったしよるつもりであったが、ミスターには言わず、

”こんな、渋滞でトイレどうするんじゃ、限界か?”

”ほんっま、やばいって。”

”どうするかのう?ないでトイレ。”とニヤニヤしてからかっていたら、驚愕の一言。

 

”最悪、車内やで。”

 

それは困る。本当に最悪だ。19歳が何を言っているっ!切迫しているのだろう、

大急ぎで右折してガソリンスタンドに入り、併設する敷地を

移動して喫茶店についた。

歩道に乗り上げる際の振動で、

”はぅっ!”

や、

”おおおう”

などとミスターが言っていたが、意に介さず。

 

”着いたで。ここなら腹もおさまるし、トイレもええじゃろ。小休憩しようや。

そのあとは、運転少し変われぇよ。”声が聞こえているかわからいほどの動きで降車。

 

息も絶え絶えにミスターは喫茶店に、走りたいけど、走れないもどかしい動きで入った。

僕も、食事も取り、さっぱりした。当然、眠い。

”ミスターがあまりに気持ちよく寝とるから、浸って運転してたんよ。

落ち着いたじゃろ?ここからしばらく交代な。”

ミスターは、先ほどの切迫感がなくなり、何か?というような顔で、

”運転は江口っていったやろ?案内人がいて、江口が運転。ベストやん!”

”なんでぇ?しばらく真っすぐよ。さすがに俺も車酔いせんよ。”

”やから、江口の運転が良いんや!”

もう、訳がわからん。

 

以下次号