“あの時は(肉まんロッキュー①)”

エッセイ
ああ、うまそう。

とにかく、お金がなかった。たまにバイト料があれば、違法な車にだまし取られるし(以前に書いたバカボンがらみの車)、バブルという世の中のムードに流されて消費するので手元に残らない。

要はその場がよければよい、というお気楽で享楽的な学生の集団だったので穴だらけだったのだと思う。

そういう貧乏学生に、素敵な情報を提供してくれるのが学生会館。各種アルバイトの募集がずらりと並んでいるナイスな空間だ。

季節は12月、そろそろクリスマス商戦といった時期だろうか。アルバイト募集があった。

手持ちは1000円弱。何かイベントや、することがあるわけではないが、せめて翌日の食費を気にせずチキンを食べ、ビールくらいは飲みたい(19歳なので本当はだめだが)。

”急募!肉まん製造のお仕事!

夕方6時から朝の6時まで。誰にでもできる簡単なお仕事です!時給3000円です”

僕は立ち止まり、広告をじっくりと眺めた。結構難しそうな肉まんの製造で、簡単?そこにうさんくさい印象を感じたが、それを一気に吹き飛ばす文字が最後にあった。

時給3000円は破格である。休憩が2時間あるので1日に30000円。5日間フルに出れば15万円。イメージは富豪だ。

即決し、その日の夕方から入ることにした。頭の中は、何を買おうか、何を食べようか、お花畑のように能天気丸出しで肉まん工場に行く。

ここが、僕を大富豪にしてくれる場所だなとにんまりと眺める。僕をふくめて新規の30人に呼び出しがかかった。10人が1班ずつに分かれて、部署に着く。

僕は、最終工程の蒸気口製作ラインだった。

”なんだか、すごい名前だ。”

名前からくる印象と最終工程というのが緊張を高める。

説明をしてくれるのが、申し訳ないがコメディーに出てきそうなちょび髭のおじさんで、小柄だが威張るといったキャラのたった人だったので、笑いと緊張の混ざった状態になり、混乱が抜けぬまま工場に入った。

”絶対、清潔なので、各人細心の注意を払うように!”上官が言う。

まず、つなぎをきて、その上にビニール製の防具さらにマスクに帽子と完全防備。真冬であるにも関わらず、くそ暑い。

しかもよく洗濯していないのか、前任者の姿が克明に想像できるくらい臭い。”清潔なのか、不潔なのかわからん”と思いながら、製造ラインのある工場に入る。

”広い”

広大な工場の中に30本近くベルトコンベアーがある。

上官が叫ぶ。”胸の番号のラインの横に立ち、待機”。

知らない世界だが、”戦時中?”と思いつつ部署へ。緊張感はあるので、機敏に動く。

”7番、移動よし!”

上官が褒めてくれた。僕の胸には7番札がついている。今後は番号でしか呼ばれない。

少し緊張が解けて周囲を見ると、何か(もちろん肉まん)が出てくるであろう穴とベルトコンベアー。目の前にはビニール手袋と5本の竹串を束ねたものがあり、マニュアルがあった。

また上官が叫ぶ。”あと5分で操業開始となる!各人マニュアルをすばやく読み、理解、暗記し、手袋をして待機!”

くどいが”戦時中?”と思いながら、かつ異様な緊張感も出始め、必死にマニュアルを見た。そして、時給が高額な訳もわかり、愕然とした。

うまい話は絶対に、裏があるというか楽にできるものではない。マニュアルを読んで、これから開始だが15分後くらいにそれを悟ることになる。

それに対してあれこれ工夫も試みたが、無駄だった。ただ操業開始直前は、緊張感のみでまだ、脱力感満載の悲劇の到来に気付いていなかった。

 

以下次号