“あの時は(肉まんロッキュー②)”

エッセイ
ああ、うまそう。

マニュアルには簡潔に不思議な文面が記載してあった。

上官が言うほどの長さではなく、短文で、

・流れてくる加工食材の中央に刺木(竹串のたば、だと思うが)で正確無比に三ヵ所、垂直に1cmの穴を開通させること

どの三か所かわからないし、変な文章だなあと感じたが、まあよしとして、その次。

・勤務時間内のトイレはいかなる理由があれども禁止とする。

”なんだ、これはあ。”

休憩まで少なくとも4時間はある。コンクリートの広い工場、12月、鳥取。足元からとにかく寒い。

しかも人間の性でだめだといわれると余計にいきたくなる。

おそらく同じ感想を抱いたのだろう、僕の横の方が手を挙げて質問をした。

”トイレは絶対にだめでしょうか?”みな、当然という顔で上官の答えを待っていた。

”当然だ、清潔が崩れるので禁止に決まっている。マニュアルに反した行動をとった場合は給料は発生しない。皆も肝に命じるように!”

あー、本当にくどいが”戦時中?”としか浮かばなかった。しかもトイレ1回、ただ働きとは。時給が高いには理由があったのだ。

にわかにざわめく工場内。おそらく他のラインでも同じようなやり取りがあったのだと思う。

文句を言おうにも、その暇を与えないかのようにビィイィィイイイとサイレンがなり、作業の開始となった。いきなり。

ガチャン、ドンと音がして軽快に白色の物体がパンと出てきた。

他のラインの音も聞こえる。ドン、パン、ドドッツパン。ドラムの様な感じだろうか。

その時はそんな感想を浮かべる余裕はない。

当然次々と流れてくるし、しかも結構早いからだ。

奇異に感じていたが、大勢並んでいるのは、誰かが刺し忘れた部分を確認し、なければそのままスルー、あれば刺すというシステムだからだなと理解した。失敗ができないので緊張感が高まる。

上官は、腕組みをしてじっとこちらを見ているし、”3番腕が動いていない”だとか”9番横を見ず、加工物に集中!”などとちょび髭でさけぶのだから、いやな空気むんむんだ。

全く同じ形の白い饅頭が次々くるうえに、穴があいているかを確認し、刺すわけだが”全部同じ丸さ”なので見えにくいことこの上ない。

いやがらせかと思うほど白に近いベルトの上に、白い饅頭だらけ、本当に確認しづらい。

僕はと言えば、変なマニュアルのせいですでにトイレに行きたい。

作業に入る前に寒いので温めるつもりでホットドリンクを飲んでいたからだ。

”缶コーヒー飲むんじゃなかった”

後悔しても始まらない。ただ働きは嫌なので、必死に饅頭を見ることに集中し、トイレツアーへの思いを封じることにした。

人の適応能力も大したものだと思ったが、10分でコツがわかり、緊張と集中でトイレのことも忘れていた。

饅頭の上にある三か所の印に穴がなければ刺す、あれば見送りなので、楽勝と考えた。

黙々と作業を続ける。自らストイックに正確性を求め、刺す。とにかく確認して刺す!

”なるほど、これなら問題なく作業を行える”

十分な自信もつき、没頭しかけたときに、ふと気がついた。そして、それはすぐに大きな落胆に変わったのだ。

そう、時給の高い理由第二弾がこの”早くつかめるコツ”、”楽勝にできる作業”に隠されていた。

マニュアルの部分は囮でこれこそが真の理由だったのだ。頭の中で、床に崩れ落ちる自分が見えた。

なぜなら・・・。

以下次号