“あの時は(肉まんロッキュー③)”

エッセイ
ああ、うまそう。

落胆の理由、15分の作業での僕が感じた気持ちで察していただけるだろうか?これ以上、以下でもない。

”飽きた”

たった15分で作業に飽きてしまった。単純かつ覚えやすい作業、嫌気がさしても10時間はある。途方に暮れた。

これが、バイトの定着を下げる最大の理由だったのだ。時給が高いのも納得できる。

ずぅぅぅぅっと白い饅頭が、およそ3秒に一回通り過ぎるのを見つめ、刺す。この繰り返し。22時の休憩まで少なくとも4時間は寒さで行きたくなるトイレも我慢し、やり続けなければならない。

とは言え何か思考を巡らせ、乗り切らないとただ働きになるから必死にプランを練った。

上官の家族構成や、キャッチーな姿に至るまでの生い立ちを想像しようとした。推定年齢50。ここまでの道のり、そして上官の地位にまでのぼりつめた彼の半生。

だめだ、複雑すぎて作業に集中できない。

もっとシンプルで、さらにエンドレスなものがよい。

その精神状態で、たまたまだとは思うが、コンベアーの動く”ドンッ”という音、饅頭の出てくる”パンッ”という音。色々なラインのものが重なり僕の耳にあるリズムで聞こえてきた。

”ドンッ、パンッ、ドド、パンッ、ドンッ、パンッ、ドド、パンッ、”

どこかで聞いたリズムだなあと思い、記憶をたどると、クィーンのウィーウィルロックユーにそっくりなのだ。

”よし!”

何回連打することになるかわからないが、作業中はこの曲の事を頭に浮かべ、穴をあけるしかないと結論が出る。もともと短い曲で、歌詞もうろ覚えなので、鼻歌に近いが、

”ロックユー、いや、正確にはロッキューか”

とどうでもいいことにこだわり、頭で歌い続けた。

最初の休憩までに、全国ツアー前かというくらい練習を繰り返したので、歌自体のクオリティーは無駄に上がっている。

後半の作業に突入すると、まんねりを避けるため、

”そろそろ、別なアーティストにご登場願おう”と

勝手に、この人がカバーをしたならばと下手なイメージものまねで豪華アーティストを招へいした。

内田裕也、矢沢永吉、桑田圭祐、変化球で北島三郎などなど。

この遊びはそこそこ自分の中では面白く、徐々に重たくなってきた右腕をかばいつつ、睡魔と闘いながら残りを乗り切った。

午前5時を過ぎた頃には林家ペーが歌い笑いながら写真をとるパー子のバージョンになぜか固定し、嬌声にも近い笑い声の共鳴の中、作業を終えた。

”疲れた”

単純作業を繰り返すことの異常に蓄積する疲労、高い時給の意味、とても5日間続けることのできない自分に気づいていた。

”御苦労!明日も作業に参加希望のものは解散、無理だと思うものは今から配布する紙に署名するように!”

上官の声が聞こえた。内面を見透かされているようで嫌だったが、僕は不参加(理由;困難な作業のため、しか選択できないのでそこに丸。本当は違うのに。)とした。

”最近の若者は根性がない!よかろう。各自、給金をもらいに行き解散!”

最後まで戦時中モードだった上官をあとに3万円をもらい。帰途に着いた。正午まで爆睡し、とりあえずチキンなどを買い、冬気分で食べていると、バラエティー番組のBGMが例の歌。

あわてて消して、食べ終わってすぐに寝てしまった。

他のエピソードで記載するが、単純作業は本当に大変だということを痛感。今に至る。

最近でも、ほとんど肉まんに興味が出ないのはこの体験のせいかなとも思う。

肉まん、ロッキュー。

 

後記:これもそのままの事実を書きましたが、時間が中々過ぎませんでした。時間の概念は不思議ですね。

次回は軽トラ、珍道中を記載します。

馬鹿な学生時代だなと感じます。