”あの時は(軽トラ、珍道中⑥)”完結

エッセイ

気のせいではなく粉雪は強く舞っている。相変わらず寝たままのミスター。

湖山町はもう少し。ラジオも切って、静かな雪道をよくわからないがロマンにひたり走っていた。

”腹、減った・・・”、ミスターが寝言。しかし無視。

僕はといえば、とにかく早く帰ってお風呂に入りたい。事故などおこしたら大事だ。

慎重に慎重に大きな交差点を曲がる。ギアをニュートラルにいれて、対向車を紳士的に待つ。全く車がいなくなり、さてと。

え?えぇぇぇ?エンジンがかからない!

そりゃそうだチョークを引きっぱなしにして、ガソリンをばらまくように走ってきたのでガス欠にもなる。ある意味先進アイドリングストップともいえるが。ガス欠警告用のオレンジ色には気づいていなかったのだ。

全身から体温調節のためではない、変な汗がでた。

ここでトラックが対向にきたり、後続車が来たら一貫の終わりだ。

すべての音が一瞬消えた。腹からの声でミスターを起こす。

”おぇ、ガス欠したでぇ。どうすりゃええ?車止まったぞ、交差点の真ん中で!!”

”なんやて?”

さすがにミスターも瞬時に起きる。

2秒ほどで彼も現状を理解し、こう言った。

”俺が運転するわぁ、江口押してくれへん、目の前のガススタにすぐ行かんと死ぬで!”

間髪入れず”おう!”と車を降りて左後ろから押し出した。焦っているからだろう、雪の中に僕が出る必要性がないことの理不尽さに気づかず。

”気合入れて押してんか?進まへんで!”とミスター。

このいらつく環境下、ヒーローが来た。ガススタのスタッフさんだ。4人来てくださった。5人で一気に押す。車がすっと動き出した。慌てていたミスターが急に右にハンドルを切ったのだろう。安全靴とはいえ僕の右足の上を軽トラがのった。

”いてぇよ!!!、ちゃんとせぇや!”

”うるさいわっ!”

ちょっと足を引きずりながら、オアシスについた。

天が味方してくれていたのだろう。

夜の遅めの時間、雪が強くなり始めて車が減少、ガススタが近くにあった、色々な事が重なって事なきを得た。

事情を話し、チョークの仕組みを聞き、モスバーガー用のお金でガソリンを入れて、トイレを拝借して、ようやく安心して戻れた。晩御飯はコンビニのおむすび。

何で運転を急に変わったのかを聞いたら、”江口、運転下手やろ?”

もうどうでもよくなった。免許をとったのが1日違いだっただけで技術の差はない。ぶつくさ言っていたら、ダメ押し。

”寒いの嫌なんや、濡れるのも嫌やし、ええ勉強になったやん。山道、結果正解やわ”

この人の思考回路はどうなっているのか?怒りを通り越して”無”になった。

さらに、”明日、迎えにきてやぁ”。

僕は舎弟ではない。”ミスター迎えにきてくれぇ。疲れたけぇ”

”明後日、俺がいくわぁ、それならええやろ?明日は頼む!くたくたなんや”

”おれもじゃ”と言いたかったが抑え、仕方ないなあと思いその日は別れた。足も腫れてきているし、早く寝た。

翌朝迎えに行くと、ミスターは寝ていた。(これはミスターの一部だが、後に彼の自由奔放さにたっぷり振り回されることになる)

ここまでくると菩薩の心境か。結局バイト中は僕が運転した。

ミスターとのドライブは危険だと感じ、バイトは終えた。

当初の目的、トースター、コーヒーメーカーも買えず・・。

(さみしい冬の鳥取。30年前の話である。しかも実話。軽トラ珍道中はこれで終了です。

今後”塾破産”

”九州からの生還”

”Gジャンベッドを壊す”

”おしゃれT君、線香誕生日会”

”バカボン、雪山遭難、雪の市内で遭難”などまだまだありますので、不定期にアップします。3年前の連載を終えてちょっとほっとしています。ミスターUがその後30年友人になるとは・・・・。)