源次郎のかつての部下は、足守に呼び寄せられ鋳造業を営むことを生業にし、身分を秘匿していた。
真田でも厳しさが群を抜いていた教育係である。もちろん、武功も多かった達人達。
剣術の源信、
体術の笹本高山、
忍術の摩護、
この3名だが、太郎と初めて出会い頭を抱えた。
”源次郎様から鍛えてほしいと頼まれておるが、身の丈を除き、あまりにひ弱。どうするか。”
源信がつぶやく。
1年で鍛え上げねばならない。
同じことを考え、立ち尽くす師範達に向かい、太郎は懇願した。
”どのように過酷な鍛錬でも、必ずやり通しまする所存。
温羅退治のため、爺様にようやくお許しを得たところでございます。
いかような事も成し遂げます故、どうぞお願い申し上げます。”
しばし考えたあと、3名が力強く言った。
”あい、分かった。”
続けて源信が言う。
”源次郎様ゆかりのお子ということは一切考えぬ。
手抜きは一切せぬぞ。よいな?”
しっかりとうなづき、太郎は自ら覚悟を決め鍛錬を始めた。
地獄が始まった。
毎朝4時に起床。その後2時間は源次郎が刈に行く芝の上を走りこむことから始まった。
芝は踏まれてもめったに枯れることなどはないが、枯れてしまうまで走り込みが続く。
俊敏さが必要なため、速筋を鍛え上げる。
基本的な筋力が足りない太郎は、当初は転倒や走り切れぬことも多かったが、叱咤が飛ぶ。
続けねばならないこと、叱咤もけがをしない体をつくるための愛情であることを理解していた。
そうすることで俊敏に動く筋力を自らの体に叩き込んで行った。
その後朝食。
顎を強くする事で攻撃、防御ともに力が増す。
稽古の一環で食物が液体になるほどよく噛むことを義務付けられた。
食事後は1時間休む。瞑想に近いと言ってもよい。
人の脳は多くの指令を出すが、体からの信号は基本的に一番早く脳に到達したものしか処理できない。
打撃を受けた瞬間、異なる想像をし痛み刺激が脳に到達することを防ぎ、動き続けるための鍛錬だ。
これは古今東西の知識を吸収していた太郎の経験が役立った。
続いて道場の掃除。これも稽古の一環。
漫然と掃除をするのではない。
掃き、そして拭く。
手足に重りを付けた上、できるだけゆっくり動作に呼吸を一致させ行う鍛錬。
この鍛錬で、速筋、遅筋を鍛え上げ、己の痛みを支配し、上下左右の動きが連続できる。
その後実践のため、源信による型稽古。
緊張感を高め、集中するため真剣を用いる。
もともと勉学しかしていない太郎は、真剣の重みに困ることになる。
しかし、おのずと姿勢が正しくなり、体幹も整のっていった。
そして重さに耐え直線的ではなく躯幹をねじる筋力が得られる。
結果、速筋・遅筋・ねじれ・神経支配を統合し、戦い続ける体を構築するのだ。
地獄の苦しみだが弱音は吐けない。
相手の一挙一動を見て技量を判断する能力が必要になるため、集中力が途切れることも許されなかった。
一つ間違えば、命を落としかねない。
異なる攻撃に対する鍛錬も徹底的に行われた。
自らの武器を奪われた場合や、相手が多勢で異なる武器の場合に苦戦する事になるからだ。
ここまでの鍛錬が終わり午後4時。
朝食と同じく、昼・夜兼用の食事をしっかりと噛んで食べる。
日が落ちるころからは、高山、摩護により体術を学ぶために暗闇稽古が始まる。
暗闇で襲われることを想定して目を暗闇に慣らし相手の気配を察知する感覚を養い、かつ柔軟に急所を狙う。
街灯のようなものは存在しない当時の夜は想像を絶する暗さのため慣れておく必要があった。
柔術、槍、杖、棒、縄、小太刀、鎌など多岐に及ぶ。
この鍛錬が1年続き、1628年太郎が12歳になる頃には見違える若武者となっていた。
当時は15歳で元服となる時代。
12歳は今で言えば立派な青年である。
太郎の身長は180㎝を超え、屈強な男への成長ぶりが伺えた。
この時82歳の源次郎は、
”よう、やった。ここまでとは。源信、高山、摩護、礼を言う。
太郎よ、わしらが教えることはもはやない。
存分に戦うが良い。そして哀しみではなく、喜びを見せてもらうぞ。”
太郎は姿勢をただし、
”は、かしこまりました。温羅一族を存分に退治してまいりまする”
おもむろに手を広げ、太郎の前にだした源次郎。
”まぁ、待て。一人では到底無理な事、配下三人を付ける。入れ。”
巨躯の若者2名と静かなる女性が1名入ってきた。
”源信の息子、猿武。
情報収集と皆での協力なしでは、そぉう易々とはいかん。
3名の助けを得て、お前が培った力も駆使してやり遂げるが良い。
方々抜かりなく!”
そう言い放ち家を出る源次郎の背中に向かい、太郎、猿武、犬山、キジは深く頭を下げ、
”ははぁっ”
大きく応えたのであった。
かくして温羅退治に向けて歴史が動くことになる。
同年、水戸光圀が生まれるが、太郎とのかかわりはまだ先の事。
以下次号。来週の水曜日です。
この作品はフィクションです。
コアラ人