キジが息を切らし、広間に駆け込んできた。
何十枚かに及ぶ書を吉備団子に渡し、彼も確認をする。
”太郎様、そのあたりでひとまず、おとめくださいませ。キジ殿が蔵を確認されたところ、
民からの古物預かり品は、全て残っておりました。
丁寧に保管されておりまする。
一品たりとも横流しはされておらぬようです。
ごらんくださいませ。”
猿武と犬山に目配せをし、温羅の拘束は続けたが、太郎は吉備団子より書を受け取った。
子細を確認し始めた。
温羅は、やはりというか当然生きた心地などせず、震えている。
太郎は寡黙に書に目を通し、強い目力で温羅を見た。
”民から搾取した、宝物はすべて残っておるな。
静かな語り口に、温羅も安心したのか話し始めた。
温羅の事情、苦しみ。
太郎は当然知ってはいたが、本人からの言葉が欲しかったのだ。
”私は、もとは堺で果実や反物、銃器、その他様々なものを商いとして、
イギリスやスペインなどと交易をしてまいりました。
己でいうのも気が引けますが、商いも順調で大勢の仲間もいて平和でございした。
豊臣秀頼公にも献上させていただき、それは厚くしていただいたものです。
ですが大阪夏の陣で、徳川勢に堺の港が完全に焼き払われ、
私に賛同する家来衆500人弱と小豆島に一時移住した次第。
かの地で名産になる可能性が高い、醤油の醸造で一旗を上げもうした。
しかしながら豊臣に通じていた私は討伐の対象。再度居を移した次第(現在の井原市)。
その後吉備粉の商いで頑張っておりました。
ある時徳川秀忠公の命を受けた使者がまいりまして、
わが温羅一族の地域への影響力の高さをかわれたとの事で、この文にあるように、”
文を太郎に渡した。
”幕府に仕官する武士の位、毎年金300両の援助の申し出がございました。
当然、見返りは太閤殿下の名を落としめる、鬼と呼ばれる集団になること。
古物商のような搾取行為も幕府は目をつむる。
そういう内容でした。
徳川方には、堺を追われたころから、積年の恨みもございます。
受けるつもりもございませんでした。
しかし、私をしたってついて来てくれた家来衆を十分養うには、金が要りまする。
狼藉の集団となり下がった次第です。
心の中で敵方と思っていた徳川にくみすることは決断するにも、・・つろうございました。
その憂さ晴らしも兼ねて、堺、井原で蓄財。
己の器量で、世を忘れる時間がほしゅうございましての宴。
朝には鬼の温羅一族に戻らねばならぬので。”
”よく、分かった。
貴殿討伐のみを考えておったが、吉備よりある程度の事情は聴いていた。
此度、お主の口からも、事情を聞くことができ、搾取品もすべて残っておる。
本来の自分と違うことをせねばならぬ良心の呵責が、夜の宴というわけか。
して、今後はいかようにされるおつもりじゃ?”
”私とて、このままでは破たんする自分が理解できておりましたので、太郎殿でしたな?
若武者の皆様に決断をする、勇気と機会を与えて頂いたことまことに感謝しております。
士族の身分で、木下藩に仕えさせていただけるのならば、存分に働きまする。”
”民からの信頼回復は、どうするおつもりか?”
温羅もしばらく考えた。
”どうでしょう?
鬼の温羅は、桃の屋太郎様に成敗され改心し、民に尽くすこと。
また温羅一族の解散。
これで、無頼集団は消滅したことになりまする。
蔵の中の、預かり品はすべて太郎様が民にお返しいただくことが、最善と思われます。
そして、桃太郎の鬼退治、という教えを残されてはいかがか?”
”武士として、二言はござらん。幼馴染の吉備の心遣いも身に染みております。
どうか、お助けいただけぬか?”
”良かろう。本日をもって古物商をやめて、藩政につけ。
木下藩内で精進し、わしの片腕として、正しく西国の情報を収集せよ。
温羅殿の、苦渋はようわかった。
ただし、徳川の目もある故、盛大な物語にさせていただくぞ。”
”いかような悪名も覚悟の上。
正義の太郎様に鬼が懲らしめられ、金品が民のもとにかえる。
めでたしめでたし。
という伝説を、桃太郎という読みものにし、広げて参ります。”
この手法は、のちに赤穂浪士などでも幕府が模倣する。
傾奇者を徐々に駆逐し、牙を抜くために。
庶民の不満を代弁する事件を、演劇もしくはおとぎ話に変え、政権維持に努めたのだ。
かくして、桃太郎伝説が岡山に誕生した。
その後、温羅は太郎の部下となり、生涯を藩政に尽くす。
太郎は、民のもとに大切にしていたであろう宝物を返すことができ、皆の喜びが戻った。
”爺様と約束した、いくさのあとに喜びが戻った。”
猿武、犬山、吉備団子、キジを連れて、源次郎のもとへ向かった。
さて太郎の旅は、今後も続いていく。
おとぎ話としては終わる。しかし始まりでもあった。
第一部 完
次週は、ここまでの物語にこめられた、意味を記載します。
”第二部 源次郎の秘策”は、筆者取材のため、8月から再開です。
この物語はフィクションです。
コアラ人