今の成人の価値観、常識。
大きい視点で言えば、日本人の”あ、うんの呼吸”すらも、国際化の波で減少する世の中。
僕は、30くらいのころ、10年もすれば英語を話すのは当たり前で、第二外国語が話せて、すごいと言われるようになるんだろうなと思ってましたが、オリンピックに向けて、初めて鎖国が終わり、徐々にその方向に向いてきました。
子供も、写真のようにうまく電脳の世界を生きていくのだろうと思います。
受験のみの英語、日常で話せない英語世代としてちょっと寂しいですが、”知識の詰め込み”は、生きたものにならない。
昨日も記載しましたが、育児。
今は、塾がすごい。子供のスケジュールもハードです。
インフルエンザになっていても、行かねばという風潮。遅れるという風潮。
日本式のひたすら詰め込みが、増々強くなっています。
いわゆる成績が良いことを、親が思う以上に子供はそれだけを”自分の存在価値”にしてしまい、これまた”良い大学”に入って初めて誰でもできるということを知った時に喪失感が大きくなる事への警鐘もありました。
優れたアスリートほど、休むことの大切さを知っていますし、真の”文武両道”が今後は必要になります。
子が親になり、子供のころはおもちゃなどでお互いに自慢しあっていたのが、いつの間にかその感覚で、子供自慢になる。
ですが、自分の夢を押し付ける対象ではありません。子供に価値を見出す選択肢を見せて、興味を持たせることが大切で、適性がわかればしっかりと勉強も運動もすることが大事ですね。
子供も、いずれは自分の価値観で考え始めますし、世の中の変化に対応できる柔軟な考えがあればいいわけで、ある程度客観的に見守ることも大切です。
ましてや、養育の義務がない世代は、必死に養育している世代を助けこそすれ、自分の子育てはこうだったと追いつめては良くない。
僕は、ネットをよく使いますが信じてはいませんし、知識の一部として持つだけです。
信じているのは、見たものです。その思いもあり、2011年に東北に医療ボランティアに行きました。
診察室で、何気なく話している子供さんの様子を見て、自由な発想はすごいと、本当に感心します。
同時に、成人が近くても自分の病状を言えない子供さんもいます。
色々と悩まれているお母さんに、強く、優しく、気楽でいてほしいと願っているのは、大人の目線ではなく、かつて自分がそうだった子供目線での考えを思い出して、危険から守ることを中心に寄り添ってあげて欲しいからです。
”今の悩むお母さん方へ”の中に、
”育児について”の記載とそれに対して、厳しく育てられ自分の考えでその後自由に動き、おっさんになった僕の現在の気持ちを”父母考”という形でまとめました。
母が、時に”これから日本がどうなるか心配だ”と言いますが。
母に”心配しても変えられるものではないし、その時代を生きるのは子供だった僕らだよ。もっと言えば、そのさきがどうなるかわからないけど、それは次世代がうまくかじ取りするわけで、僕は何も心配していないよ。母さんが心配することではないよ。”と話します。
自分の遺伝子を受け継いだ子供を心底、信じ根拠なく大丈夫と肝っ玉大きく構えてみましょう。
人の内面はどこで止まるんでしょうね。
これは医学とは関係ないですが、僕は自分が文化の中心でいた18歳くらいで止まっているように思います。
今、当時のようなものが30年の時を経て、変化はありますが流行している。
面白い!
外見は、別ですが。おっさんです。
さて栗野郎は、今日も頑張ります。頭、寒いです。
江口小児科 江口尚彦